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大阪地方裁判所 昭和48年(行ウ)23号 判決

岸和田市荒木町九九番地の四

原告

千綾彰徳

右訴訟代理人弁護士

北雅英

平山正和

大江洋一

赤沢博之

春田健治

同市土生町二〇三一の一

被告

岸和田税務署長

水口由光

右指定代理人

服部勝彦

清家順一

今福三郎

上野旭

河本省三

主文

一  被告が原告に対し昭和四六年七月一二日した

1  原告の昭和四五年分所得税の短期譲渡所得の金額を九一三万八八九二円とする更正のうち六四三万一一九〇円を超える部分

2  重加算税賦課決定のうち右六四三万一一九〇円を超える部分に対応する部分

をいずれも取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は昭和四六年三月一三日原告の昭和四五年分の所得税について被告に対し別表(一)の内容の確定申告をしたところ、被告は右申告が過少であるとして昭和四六年七月一二日付で原告に対し別表(二)の内容の更正及び重加算税賦課決定(以下単に本件処分という)をして通知したので、原告は同年九月一日被告に対し異議申立をしたが同年一一月三〇日棄却され、さらに同年一二月二〇日国税不服審判所長に対し審査請求をしたが翌四七年一二月二五日棄却された。

2  しかしながら、原告の昭和四五年分所得税の短期譲渡所得の金額は六四三万一一九〇円であるから、被告のした本件処分にはこれを過大に認定した違法がある(本件処分のうち、事業所得金額及び所得控除額については争わない。)。

二  請求の原因に対する認否

請求原因事実1は認め、同2は争う。

三  抗弁

1  本件処分のうち短期譲渡所得の金額の計算は次のとおりである。

(一) 原告は別紙物件目録記載の土地・建物を所有・使用して昭和四二年五月ごろから公衆浴場業を営んでいたが、昭和四五年二月四日右土地・建物及び浴場付属設備(以下単に本件物件という)を村田雄資に売渡す契約をし、そのころ右営業を廃止した。

(二) ところで、右売買契約において本件物件の譲渡価額は二四五〇万円と定められ、右二四五〇万円は次のように分割して村田から原告に支払われた。

(1) 昭和四五年二月四日 一〇〇万円

(2) 同 年二月一四日 一〇〇万円

(3) 同 年三月二五日 七七〇万円

(4) 同 年四月八日 一四八〇万円

(三) したがって、短期譲渡所得の金額は別紙算定表(一)のとおり九一三万八八九二円となり、税額の計算は別表(二)のとおりとなる。

2  原告の当初の確定申告にかかる短期譲渡所得の金額の計算は、買主である村田と共謀のうえ故意に本件物件の譲渡価額が一六八〇万円である旨圧縮、仮装してなされたものである。

3  なお、本件物件の真実の譲渡価額が二四五〇万円であることは、次の事実に徴し明らかである。

(一) 本件物件の売買代金の支払に関して原告から村田に対し交付された領収証として右1(二)(1)ないし(4)の各金額の四通があり、それらの額面の合計は二四五〇万円になる。とりわけ、そのうち額面一四八〇万円の領収証には「別紙契約による残金として」との文言があるが、そこにいう「別紙契約」とは、当初に約された真実の契約を指しているものと解される。

(二) 原告は本件物件を二五〇〇万円くらいで売渡す意思で買主を探していた事実があり、したがって二四五〇万円という金額は、客観的にも相当な取引価額である。

(三) 原告は本件物件の譲渡価額は二一〇〇万円であると主張しているが、それを裏付ける契約書や最終回の領収証など客観的な証拠が全くない。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1(一)の事実は認める。

2  同1(二)のうち(1)ないし(3)の代金分割払いの事実は認める。(4)の昭和四五年四月八日に支払われたのは一一三〇万円である

3  同1(三)については、仮に被告主張の本件物件の譲渡価額が正しいとすれば、短期譲渡所得の金額が九一三万八八九二円となり、税額の計算が別表(二)のとおりとなることは認める。

4  同2の事実は認める。

5  同3(一)のうち、「別紙契約」が真実の契約を指すことは否認し、その余は認める。「別紙契約」とは売買代金を一六八〇万円に圧縮した仮装の契約を指す。なお、額面一四八〇万円の領収証は、額面一〇〇万円の領収証二通とあわせて、売買代金を一六八〇万円と仮装するために作成された虚偽のものである。

6  同3(二)のうち、原告が当初二五〇〇万円くらいの価額で本件物件を売りにだしたことは認めるが、その余は否認する。右価額が相場より高くて売れなかったので、原告は後に売値を下げ二一〇〇万円以上ということにしたのである。

7  同3(三)は争う。原告と村田は昭和四五年二月一四日ころ代金を二一〇〇万円とする売買契約書を作成したが、それは同年四月八日代金を一六八〇万円とする仮装の売買契約書を作成した際破棄された。

8  本件物件の真実の譲渡価額は二一〇〇万円である。

したがって、短期譲渡所得の金額は別紙算定表(二)のとおり六四三万一一九〇円となり、税額の計算は別表(三)のとおりとなる。

五  原告の主張に対する被告の認否

仮に本件物件の譲渡価額が原告の右主張のとおりであるとすれば、短期譲渡所得の金額が六四三万一一九〇円となり、税額の計算が別表(三)のとおりとなることは認める。

第三証拠

一  原告

1  甲第一号証、第二号証の一ないし三、第三号証の一ないし四、第四号証の一、二、第五号証の一ないし九、第六号証

2  証人宮田庄作、同村田雄資、原告本人

3  乙号各証の原本の存在及び成立は認める。

二  被告

1  乙第一、第二号証

2  証人藤村卯三郎

3  甲号各証の成立は知らない。

理由

一  請求原因事実1、抗弁事実1(一)、2、村田が原告に対し抗弁事実1(二)(1)ないし 記載のとおり本件物件の売買代金を支払ったこと、原告が右代金の支払に関し抗弁事実1(二)(1)ないし(4)記載の金額の領収証各一通を村田に交付しており、そのうち額面一四八〇万円の領収証に「別紙契約による残金として」という文言の記載があること、原告が本件物件を二五〇〇万円くらいの価額で売りにだしていたことがあることは、当事者間に争いがない。

二  いずれも原本の存在及び成立に争いのない乙第一、第二号証、証人村田雄資の証言によって成立を認める甲第六号証及び証人藤村卯三郎の証言並びに弁論の全趣旨によれば、被告が本件処分をするに至った経緯は概ね次のようであったことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

昭和四六年六月ころ、所轄岸和田税務署員であった藤村卯三郎が、原告の昭和四五年分所得税の確定申告について調査するため、原告に面接して本件物件の売買に関する証拠書類の提示を求めたところ、所持していないと答えたので、売主である村田に問い合わせると、村田は売買代金を一六八〇万円とし手附金二〇〇万円を即日支払い、残代金を昭和四五年四月八日支払う旨の記載がある同年二月一一日付の本件物件の売買契約書一通(甲第六号証)、原告が発行した額面一〇〇万円の本件物件売買代金領収証二通及び額面一四八〇万円の同年四月八日付の領収証一通(乙第二号証)を藤村に示した。そこで藤村が原告の取引銀行におもむいて裏づけ調査を行ったところ、同年三月中に村田から原告の預金口座に、前記三通の領収証のいずれとも符合しない七七〇万円の入金があった事実が判明したため、再び村田に会ってその点を問いただすと、同人は原告が発行した額面七七〇万円の同年三月二五日付領収証一通 (乙第一号証を新たに提示し、その際藤村から右七七〇万円の領収証との関係について説明を求められると、前記一四八〇万円の中には右七七〇万円が含まれており、代金額は当初提示した領収証三通の金額を合算した一六八〇万円に間違いないと言い張ってそれ以上納得の行く説明をしないので藤村は調査を打ち切った。その後岸和田税務署に原告の委任をうけた税理士が現われ、譲渡価額を一六八〇万円とする確定申告は虚偽のものであり、真実は二一〇〇万円であるのでその旨の修正申告をしたいと申し出たが、被告は二一〇〇万円であるとの証拠が十分でないとしてこれを容認せず、譲渡価額を二四五〇万円と認めて本件処分をした。なお、村田から原告に対してなされた代金の支払の面からする被告の裏づけ調査の結果は、初めの三回(抗弁1(二)(1)ないし(3))の支払についてはほぼ正確に把握できたものの、最終回(同年四月八日)の支払については結局十分に解明することができなかった。

三1  以上の事実を前提として、被告が本件物件の譲渡価額を二四五〇万円と認める根拠として挙げる抗弁3(一)ないし(三)の各点について、順次検討する。

(一)  まず右の(一)の点について検討すると、たしかに、さきに記したように、本件物件の売買代金の支払に関して原告から村田に対し、一〇〇万円、一〇〇万円、七七〇万円、一四八〇万円の四通の領収証が交付されている。しかし、それだけで直ちにそれぞれの領収証に符合する金額の現実の支払いがあったことまでも認めることはできない。なぜならば、原告や村田は被告を欺いて脱税を図るため、一〇〇万円、一〇〇万円、一四八〇万円の三通の領収証を表に出すことでつじつまをあわせる意思であったが、それが同時に全部真実の領収証であるうえに、それとは別にさらに七七〇万円の真実の領収証を受取って七七〇万円の分だけを隠匿するという方法(被告の主張によれば、原告はこのような方法をとったことになる。)をとることももちろん考えられるものの、このような方法は右目的を達するために必然的な方法とまでは考えられず、それとは異なり、一四八〇万円の領収証は虚偽の、専ら脱税目的に使用するものとして作成するという方法をとることも十分考えられるからである。そして、証人村田雄資同宮田庄作及び原告本人はいずれも本件において後者の方法をとった旨供述しているのである。

また、一四八〇万円の領収証に「別紙契約による残金として」という文言が記載されていることは前叙のとおりであるが、右「別紙契約」について、証人村田雄資及び原告本人はいずれも前記売買契約書(甲第六号証)による仮装の契約を指す旨供述しているのである。しかるに、証人宮田庄作は、本件物件の売買を仲介し右売買契約書の作成に関与したものであるが、「別紙契約」とは真実の契約を指す旨を一たん供述しているのであり、後にそれを翻えしてそれは右仮装の契約を指すと供述しているものの、右変更後の供述の信用性について疑問の余地がないではない。

しかし右領収証は右売買契約書とともに本来被告に提示することを予期して作成されたいわば表向きの領収証であるから、そこに記載された「別紙契約」という文言も表向きだけのものであって、仮装の契約を指しているとみるのがむしろ自然である。そして、証人宮田の前記のような供述の変更も、質問の趣旨を誤解してなした証言を、後に訂正したとも考えられよう。他に「別紙契約」が真実の売買契約を指すことを認めるに足りる証拠はない。

(二)  次に、(二)の点について考えるに、原告が本件物件を二五〇〇万円くらいで売りにだしていたことがあることは前記のとおりであるが、証人宮田庄作の証言、原告本人尋問の結果によれば、それは原告が昭和四四年春ころ不動産取引業者「みふね屋」に本件物件の売却を依頼した際の希望価額であって、それから翌四五年二月宮田の仲介で村田に売却するまで一年近くの間本件物件は売れなかったことが認められるのであり、右希望価額から直ちに現実の取引価額が被告の主張する二四五〇万円ほどであると推測することはできないし、右価額が昭和四五年二月当時の正常な取引価額であることを認めるに足りる証拠もない。

(三)  さらに、(三)の点について検討するに、本件物件の譲渡価額が二一〇〇万円である旨の原告の主張を裏付ける売買契約書など的確な証拠が存しないことは、被告の指摘するとおりである。しかしながら、一般的にいって、脱税目的で通謀して仮装の契約をする場合でも、当事者間で将来生ずることのあるべき紛争を避けるため、別に真実の契約書や領収証が作成、交付される場合が少なくないであろうが、そのような書面が作られない場合や一たん作成され取引終了後に破棄される場合も決して考えられないわけではない(発覚を警戒するなら、むしろそのような書面はない方が都合が良いともいえよう。)。そして証人村田雄資及び原告本人は、昭和四五年四月八日残代金の授受を終えて本件物件の所有権移転登記手続を司法書士に依頼した際、仮装の売買契約書(甲第六号証)を作成すると同時に、先に作成されていた真実の売買契約書を破棄した旨供述しているのである。

また、本来、原告、村田及び宮田は脱税工作をした者であるうえ、同人らの供述にも互にそこする点が存在するのであって、その供述には信用性に疑いが残る部分が少なくないが、被告は原告側の反対主張の立証の不十分さを攻撃するだけでは自己の主張を根拠づけることはできない。

2  以上のほか、本件にあらわれたすべての証拠によっても、本件物件の譲渡価額が二四五〇万円であったことを認めるに足りない。

そうすると、本件物件の譲渡価額が二一〇〇万円であるという原告の主張についても疑いを容れる余地がないとはいえないが、右のように被告の主張を認めるに足りる証拠がない以上、原告の主張にかかる二一〇〇万円をもって本件物件の譲渡価額とせざるをえないこととなる。

3  本件物件の譲渡価額が二一〇〇万円であるとすれば、原告の昭和四五年分所得税の短期譲渡所得の金額が六四三万一一九〇円となることは当事者間に争いがない。

4  そうだとすると、被告が原告に対し昭和四六年七月一二日した

(一)  原告の昭和四五年分所得税の短期譲渡所得の金額を九一三万八八九二円とする更正のうち六四三万一一九〇円を超える部分

(二)  重加算賦課決定のうち右六四三万一一九〇円を超える部分に対応する部分

はいずれも違法として取り消さなければならないこととなる。

四  よって、原告の本訴請求は理由があるので認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 増井和男 裁判官 西尾進)

物件目録

(一) 岸和田市箕土路町三四七番地の二

宅地 四二九・七八平方メートル

(二) 岸和田市箕土路町三四七番地の二

家屋番号 三四七番二の一

木造瓦亜鉛メッキ鋼板交葺二階建公衆浴場兼居宅

床面積 一階 二三二・四七平方メートル

二階  六八・六四平方メートル

(以上)

別表

〈省略〉

算定表

〈省略〉

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